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フェンリルのブログⅡ

小説とガーデニングが好きな変人のブログです

ペラドンナ~第三章~

ーー「先日から行方がわからなくなっている御手洗公子(みたらいきみこ)さんの目撃情報はなく、
引き続き鹿原市警察署は、御手洗公子さんの捜索を続けるとともに、先月同市で起きた斎藤尚記さん失踪事件との関連性
などについても捜査する方針とのことです。
さて、次のニュースです」
テレビ画面に映し出されたニュースキャスターは、まるで退屈な本でも朗読するように
淡々と御手洗公子の失踪事件を伝えた。
御手洗公子の失踪事件は、同じ鹿原市で起きた斎藤尚記の失踪事件ほど大々的には報じられなかった。
老人の失踪事件など特集を組むほど重要な案件ではないと見なされているのか、
あるいは何らかの圧力が報道機関にかけられているのかはわからないが、
少なくとも斎藤尚記失踪事件のときほど報道は過熱しなかった。
喫茶ブラックキャットにいる人間も今回の事件にたいしてはほぼ無関心だった。
そもそも、同年代のサラリーマンの失踪事件にすら興味を持たない人種が、
老人の失踪事件なんかに興味を持つわけもないが。
ブラックキャットにいる人間は、みんなテレビに背を向けそれぞれコーヒーを飲みながら談笑していた。
だが、カウンター席に座る一人の男だけは例外だった。
男は食い入るようにしてテレビ画面をにらめつけたあと、ふと思いついたように
コートのポケットからメモ帳を取り出してそこに記された文字を眺めた。
男はしばらくの間メモ帳とにらめっこしていたが、やがて領収書をつかむと席を立った。
そして、店長に"ごちそうさん"と言ってから勘定を払いブラックキャットをあとにした。
もちろん、ブラックキャットにたむろするのんきな連中のなかにその男に注意を払う者はいなかった。
ただ"一人"をのぞいてはーー



青山がマンションのエレベーターに乗ろうとすると、突然、背後から声をかけられた。
青山が怪訝な表情で振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
年齢はだいたい30代ぐらいで、青いダウンのコートに黒のジーンズを身につけていた。
中肉中背で特にこれといった特徴のない顔立ちをしている。
髪は金色のセミロングで目は不自然なほどに虚ろだった。
「あんた、青山さんでしょ?」
男は単刀直入にそう訊ねてきた。
青山は男のほうに向き直り、口元に微笑を浮かべるとこう訊ねた。
「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
男は鋭い目つきで青山を睨みつけると、青山の胸ぐらをつかんでこう言った。
「てめーがやってることはすべてお見通しなんだよ!」
青山は口元に微笑をたたえながらさらに訊ねた。
「私がやってること?
さて………なんのことでしょうか?」
男は怒ったように眉間にシワを寄せるとコートのポケットからバタフライナイフを取り出し、
青山の腹のあたりにつきつけてこう言った。
「とりあえず、このままてめーの部屋まで行くぞ。
詳しいハナシはそのあとだ。
変な真似してみろ?
その場で刺し殺してやるからな!」
「私の部屋まで行けばいいんですね?
わかりました」
青山はそう言うとエレベーターのボタンを押した。
しばらくすると、エレベーターの扉が開き青山は男と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターに乗っているあいだ、男は一言も口をきかなかった。
ただ黙って青山の背後にピタリとくっつくようにして立っているだけだ。
もちろん、先端が鋭く尖ったバタフライナイフは青山の腹部のあたりにつきつけられている。
青山はこの男がどこかの組織に雇われた鉄砲玉であると見当をつけていた。
しかし、バタフライナイフを握る手が震えているのと、妙に落ち着きのないソワソワした態度から
この男が"殺し"に慣れていない素人であるということも同時に見抜いた。
青山にとってこの男を"研究所送り"にすることは造作もないことだ。
だが、この男が"青山がやっていること"を知っているとなると大分ハナシは違ってくる。
研究所に送る前に、なるべくならこの男からたくさん情報を聞きだしておいたほうがいいだろう。
「さっき、私がやっていることを全部知ってると言ってましたよね。
それはどこまでですか?」
青山の問いにたいする男の答えは短く簡潔だった。
「ふたつの失踪事件」
"ふたつの失踪事件"
それが、斎藤尚記と御手洗公子の失踪事件のことを指していることに疑いの余地はなかった。
ここ最近起きた失踪事件といえば、このふたつ以外にないのだから。
もっとも、青山が過去に研究所送りにしてきた人間を数えあげたら両手の指では収まりきらない数になるが。
しかし、仮にこの男(とその背後にいる組織)が青山が過去に起こした失踪事件と
今回の失踪事件を結びつけて考えているとしたら、
"ふたつの失踪事件"という言葉はおかしくなる。
やはり、この男のいう"ふたつの失踪事件"とは斎藤尚記と御手洗公子の失踪事件のことを
指していると考えるべきだろう。
「………そうですか。
しかし、なんであなたは警察に届けないんですか?
私がふたつの失踪事件に関与していると考えているなら警察に届ければいいでしょう?」
「警察に届けたら金をむしりとれねえじゃねえか。
そんなこともわからねーのか?」
男は薄荷の匂いのするガムのようなものを噛みながらそう答えた。
多分、それは嘘だと青山は思った。
そもそも、本当に金銭目的ならこんなまわりくどい真似はしない。
証拠品を送りつけてから脅迫電話一本掛ければすむハナシなのだから。
わざわざ人に顔を見られる危険を犯してまでしゃしゃり出てくる必要はないのだ。
では、この男の真の目的はなんなのだろうか。
答えは明白だった。
恐らく、青山から"研究所"の情報を詳しく聞き出したあと、青山を自殺に見せかけて殺すつもりなのだろう。
だから、こんなまわりくどい真似をして青山に接触してきたのだ。
青山はしばしの沈黙を挟んでからこう答えた。
「そうですか…………」
そのあとは、二人とも無言だった。
エレベーターを降り、自宅の前まで移動すると青山はポケットから鍵を取り出した。
男はこのマンションのどこに監視カメラが設置されているかを熟知しているのか、
極力手に持ったバタフライナイフが監視カメラに映らないようつとめているようだった。
青山は鍵を穴に差し込みカチャリとまわした。
青山が扉を開けるより先に、男のほうが扉を開けるとなかば強引に青山を部屋のなかに押し入れた。
そして、リビングまでくると男はソファーにどかっと腰を下ろした。
「いい部屋に住んでるじゃねーか。青山さんよ。
ええ?」
男は青山に向かってそう言った。
しかし、男のその無駄な(迂闊と言っていいほど無駄な)行動が命取りになった。
青山は素早くカバンから拳銃を取り出すと男に突きつけてこう言った。
「人の部屋に勝手にあがりこんでおいてその態度はないんじゃないか?」
青山が突きつけたのは日頃から護身用として携帯していた拳銃である。
どうしようもなくなったときにだけ使えと、仕事始めの日に青山が例の男から渡されたものだ。
弾は三発装填されている。
男は驚いた様子で目を見開くとこう言った。
「拳銃………だと?」
「動くな。
そこから一歩でも動いたら射殺する」
機先を制して青山は男に警告した。
男の唇は小刻みに震えている。
「さあ、聞かせてもらおうか。
君がどこの組織の人間なのかをね」
「ふざけんじゃねぇ!
こんなことしてタダですむと思うんじゃねーぞ!」
言葉だけは威勢はいいが、その声にはどこか怯えのようなものが含まれている。
青山はゆっくりした足取りで男に近づくと、銃口を男の眉間にピタリとつきつけた。
「大声をだすな。撃つぞ」
男は何かいいかけたが言葉にならないようだった。
恐怖で口がワナワナと震えている。
「素直に教えてほしいなぁ。
君はいったい誰に頼まれてどうしてこんなことをしているのかをね。
まあ、教えたくないって言うならそれでも結構。
この場で死ぬだけだ」
青山はそう言うと銃口を男の眉間にめり込ませた。
「くそっ!」
男はそう言うと手に持ったバタフライナイフを青山に投げようとした。
しかし、男がナイフを投げるより一瞬はやく青山はバタフライナイフを男の手からはたきおとしていた。
男の手から落ちたバタフライナイフは、床に当たって一回だけバウンドするとそのまま転がった。
床に転がったバタフライナイフを青山はさらに遠くへ蹴り飛ばした。
バタフライナイフは部屋の隅の方でピタリと止まった。
しかし、青山がバタフライナイフを蹴った瞬間、ほんの数cmだけ拳銃の照準がずれてしまった。
男はその隙をついて青山に殴りかかってきた。
しかし、ただ力任せに叩き込むだけの右ストレートは控えめに言ってもお粗末なシロモノだった。
映画のアクション俳優のほうがもう少しまともなパンチを放てるのではないかと青山は思う。
青山は男の拳を掌で受け止めると、そのまま男の腕を反転させてねじあげた。
「いてててて!」
男は悲鳴にちかい声をあげた。
所詮はただのチンピラである。
この男なら少し締め上げてやれば簡単にボロをだすだろう。
青山は男の腕をねじあげたままこう訊ねた。
「このまま関節ごと君の腕をねじきることだってできるんだよ。
まさに君は絶体絶命というわけさ。
さあ、教えてもらおうか。
君はいったいどこのどいつで、誰に頼まれて僕の命を狙いにきたのかを」
金髪の男はしばらくあがき続けていたが、やがて観念したのかおとなしくなった。
男は絞りだすような声でこう言った。
「………ダチに頼まれたんだよ。
お前を殺してこいって…………な。
気は進まなかったが、金もたくさん持ってるからついでに金もぶんどれるっていうんで引き受けた」
「そうか。
じゃあ、君のお友だちをここに呼んでもらおう」
金髪の男は再び暴れだした。
「………ふざけんな!そんなことできるわけねーだろ!
そんなことしたら俺は殺されちまう!」
青山は自分のケータイを(締め上げてないほうの)男の手に無理矢理持たせるとこう言った。
「呼んでもらおうか」
「だから…………うぎゃっ!」
男の腕が脱臼する不気味な音が部屋中に響きわたった。
「次は本当にねじきるよ?
腕一本なくしたくなけりゃ黙って電話しな」
「うう………」
男はうめき声をあげながら渋々ケータイを指で動かしはじめた。
男がケータイをいじるのを青山は黙って見ていた。
やがて、男はケータイを耳にあてた。
電話のコール音が3、4回ほど鳴り響いたあと、一人の男が電話にでた。
「どうだ………?うまくやったか?」
「しくじっちまった………」
「マジか!」
「場所は………」
男はそこまで言うと、青山の顔を一度だけチラリと見てからこう続けた。
「鹿原市一丁目の13番地にあるマンションの26階。
エレベーターから降りて3番目の部屋だ」
「ごくろうさん」
青山は男の手から無造作にケータイを取りあげると通話を切った。
男は青山を睨み付けると吐き捨てるようにこう言った。
「てめえ………。こんなマネしてあとでどうなるかわかっているんだろうな?
俺に仕事を依頼した人はとんでもねえ大物だぜ。
下手したらこのマンションごと爆破するかもしれん。
そういうことを平気でやる人なんだ、あの人は………」
「へぇ、それはおもしろいねぇ」
青山は口元に微笑を浮かべながらそう言った。
「おもしろい、だと……?」
男は驚いた表情で青山の顔を見る。
「ああ、おもしろいねぇ。
それだけ大規模な爆破事件を起こせば警察も動かないわけにはいかないだろうからな」
男は鼻で笑ってきた。
「てめえ、あの人から逃げられると本気で思っているのか?
あの人はたとえ警察に捕まっても、てめえを八つ裂きにするまで後を追ってくるだろうぜ。
あの人に目をつけられたら最後、死ぬまで生き地獄を味わうことになるんだよ。
どっちにしろお前はもう終わりだ」
「じゃあ、僕が生き残るにはそいつを潰すしかないってことだね」
青山がそう言うと男はバカにしたような顔でこう言った。
「はっ!てめえごときが潰せるわけねーだろ!
あの人のバックには大物政治家や聖女教会の教皇までついてるんだぜ。
なんせあの人は敬虔なサラニストだからな。
返り討ちにあうのがオチだ」
「そうか…………。やっぱり今回の件には聖女教会が絡んでいたか。
ということは、いよいよ全面戦争になるかもしれないな」
「ああっ!?全面戦争だと?
何寝ぼけたこと言ってやがる!
てめえが始末されて終わりだよ。
もっとも、世間的には今回の連続失踪事件の犯人で海外逃亡の末に自殺ってことになるだろうがな」
青山には男の戯れ言など耳にはいらなかった。
「聖女教会か…………。
本当はこんなことやりたくないんだけど仕方ないよな。
いつかはどうにかしなければならない連中だったしな。
弱肉強食・盛者必衰がこの世の常であり本質………。
これも"神"が定めた運命と言えばそうなのかもしれないな。
もっとも、"本物の神"は人間の世界に介入するような野暮なマネはしないだろうけど」
男はさらに何かわめいていたが青山の耳には入らなかった。
青山は微笑を浮かべたまま男に向かってこう告げた。
「君には研究所へきてもらう」